時間:2024年2月15日
ロレックスが消えた?「時計シェア」の危うい中身
ロレックスをはじめとする高級ブランド時計を借りたい人、貸したい人をマッチングするシェアリングサービス「トケマッチ」の運営会社・ネオリバースが突然の解散を発表した。これにより同社に貸し出していた時計オーナーに時計が返却されない状況が続いている。
「預託した時計がリサイクルショップなどの店頭に流れているのでは」との情報もあり、時計オーナーは気が気でないだろう。16億円相当が返却されていないとの報道もある。業界団体であるシェアリングエコノミー協会も事態を憂慮し、情報収集に努めているという。
「シェアリングエコノミー」とは、各人が持つ空間・モノ・スキル等を貸し借りしたり、売買することで生まれる経済活動のこと。レンタルにも似ているが、シェアサービス業者はあくまでプラットフォーム、仲介者の立場であるケースが多い。貸したい人と借りたい人のマッチングをするのが主な役割だ。個人が使っていないモノや空間を貸し出すことで収益が得られることも後押しし、シェア経済は年々拡大、政府も後押ししてきた。
ただし、「トケマッチ」のケースは、少し事情が違ったようだ。通常のシェアサービスでは、貸し出した品や場所に借り手がついたときに、それに応じた料金が発生するのが通例だ。しかし今回は、借り手のありなしにかかわらず時計を貸与した時点でレンタル料(預託料)が毎月支払われていたという。そのため、わざわざローンを組んで高級ブランド時計を購入し、貸し出していたケースもあるようだ。人によっては月に100万円近い預託料を受け取っていた人もいたという。
毎月レンタル料は入るし、時計はいずれ手元に戻ってくる。高級時計には資産価値があるので、損することはない。そう考えたオーナーが少なからずいただろうことは理解できる。
実は、筆者もかつて同じことをやりかけた。「トケマッチ」ではない別サービスだが、高額品のシェアサービスで元が取れるものかどうか、実地で体験してみようと考えたのだ。そのため、中古の時計を買おうとまでしたのだが、結局見送った。リスクが大きすぎると判断したからだ。今回のようなサービス会社解散までを想定したわけではない。それ以前に、防ぎきれない問題点があると感じたからだ。
まず、いったん貸した時計と同じものが、必ず戻ってくるかが気になった。なにせ数百万円もの高級時計だ、悪意ある借り手に渡ったとすると、偽物へのすり替えも想定されるのではないか。「トケマッチ」側が、貸し出す前にデジタルタグでもつけていれば別だが……。
そこまで悪意ある借り手でなくても、腕につけているときにぶつけて破損したり、水没などで故障させたりする可能性はある。シェア業者は破損や紛失した際の補償はつけているはずで損害相当額の支払いはされるだろうが、モノ自体が戻ってこないこともありうる。思い出のある品や、今では入手困難なモデルだったりすると、お金をもらってそれで納得するというわけにもいかないのだ。
また、貸し出す側のオーナーが、いちいちレンタル相手を選ぶことはしない。時価数百万円もの人気モデルを未知の相手にポンと貸し出すと想像すると、ものすごく怖いことだろう。「トケマッチ」のオーナーも、自分の時計を誰が使っているかは知らされていないと思われ、相手に返却を求めることもできないのだ。買取店に売られている時計があるらしいとの報道があったが、それも「誰かもわからない借り手」が売った可能性もある。二重三重に恐ろしいではないか。
「トケマッチ」のビジネスモデルが持続できなかった理由は現時点ではわからないが、いくつかネックになる点がある。
シェアサービスというのは基本的にはマッチングのビジネスだ。貸し借りを活発化させるためには、魅力のある貸し出し品の在庫を常時そろえることが不可欠で、いかに人気のあるブランド時計を集められるかが勝負を決めると言っていい。ブランド品を扱う他社のシェアサービスでは、自社でも貸し出し用に商品を購入しているケースもあると聞いた。
しかし数百万円もの時計をサービス業者が複数購入するというのは現実的ではなく、そもそも人気モデルだと市場に在庫がない場合もある。貸し出しの有無にかかわらず魅力的な預託料金を払うことで、数多くの時計を集めようとしたのではないか。
片や、時計を借りる側にしてみれば、借りる際のレンタル料は安いに越したことはない。時計オーナーには高めに預かり金を支払い、借り手には安く貸すのでは、釣り合う利益を確保するのに苦労しそうだ。
また、貸出先でのすり替え対策・紛失や盗難などいざというときの補償の問題だ。「トケマッチ」がそれにどの程度コストをかけていたかはわからないが、希少な高額品になればなるほどおろそかにはできないはずだ。
高級ブランド時計に群がってくるのは善意の人だけでなく、悪意ある第三者が交じっていることも想定しなくてはならない。犯罪対策をしっかりとる必要があり、そのぶんコストもかかる。旅行用トランクや結婚式の礼服を貸すのとはわけが違うのだ。
高額ブランド時計の人気は引き続き高い。筆者は骨董市を覗くのが好きだが、時計を扱う店にはブランド時計を探しているアジア系外国人客の姿をよく見かける。売り物の時計の写真を撮ってはブランドや型・モデルを検索したり、ビデオ電話で誰かと相談したりしながら店主と交渉している。やはり人気はロレックスだ。高級時計ブランドとしては最上級ではないものの、ロレックス市場は安定して活況なのだろう。
まだ手元に貸し出した時計が戻ってきていないオーナーの方のためにも、何とか事態が好転し収拾することを望む。シェアリングエコノミー協会のホームページでも随時情報を更新し、警察に相談する際の説明資料を公開している。協会としても、この件がシェアエコへのダメージとなることを強く危惧しているのだろう。
2022年度の日本におけるシェアリングエコノミーの市場規模は、過去最大規模となる2兆6158億円となり、2032年度には最大15兆1165億円に拡大すると協会は発表した(市場規模は、資産・サービス提供者と利用者間の取引金額)。限られた資源を共有し合い、活用し合うシェア経済は成長期待分野であり、個人にとっても新しい収入源になる。だからこそ、トラブルに巻き込まれないためにもシェアサービスへの正しい理解が必要だ。
繰り返し書いたように、サービス業者は人と人をマッチングするのが役割だ(提供するサービス内容にもよるが)。相手がわかっている個人間取引の場合は、トラブルが起きても貸し手と借り手で解決するのが原則だ(個人間売買やスペース貸しなどの場合)。仲介者であるサービス業者が代行して対処してくれることは少ない。
「トケマッチ」のように直接借り手とのやり取りがない高額品では、やはり補償面を細かく確認することだろう。貸出先での破損や故障・紛失などへの対応、すり替え対策がされているか。必要になったときにすぐに手元に戻ってくるのか。これらをくどいほど確認し、少しでも心配な点があるなら利用しないほうがいい。今回は不労所得を得る目的で時計を貸し出したオーナーも少なくなかったようだが、お金を稼ぐにはより慎重にジャッジする必要があるだろう。うまい話には裏がある、というのは古今東西変わらぬ戒めなのだ。
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